Hello!いや、G’day!🦘🐨⛱🌊🌴
本記事では私Chikaが
『どのような経緯でオーストラリアに永住することになったのか』についてお話しします。
真夏☀️の砂漠
一番初めの記憶は、家族旅行で来たシドニー!
オペラハウスを見た記憶あり。なんだか不思議は言葉を話しているなーと、5才の私は興味津々だったよう。

二都市をめぐるツアーで、その後はゴールドコーストへ✈️
ビーチにもたくさん行って、黒焦げになってたはずです。
たぶん、タンガルーマ(Tangalooma)のツアーに参加して、砂丘滑りをしました。(下の画像参照)
見渡す限り一面真っ白な砂丘滑りを時間ギリギリまで遊んで、服の中が砂だらけになった記憶があります。
子どもの頃の記憶なのであいまいな部分がたくさんありますが、一言!
いやー、たのしかった😊⭐️

とてつもなく急で足を奪われる砂丘。
高校生のホームステイ🏠
高校2年の夏にシドニー・キャンベルタウン近郊🇦🇺の姉妹校へ。ホームステイ先は、イスラム教徒のため、ご飯はヘルシーなものが多かった気がします。
毎日5回のお祈りを間近で体験し、オーストラリアが移民で成り立っている多民族国家であることを体感できたことは非常に貴重な経験でした。
わずか2週間ほどのステイでしたが、その後もホストファミリーとの連絡は途切れることはなく、のちに再会しました。
大学生のケアンズ旅行✨
大学一年目が終わった春休み🌸 学んできた英語を実践で使ってみるということで、友人とケアンズ旅行へ。
世界最古の熱帯雨林、キュランダ鉄道、シュノーケリング🩱🐠、ナイトマーケット。。。たくさん笑った思い出しかありません💛
到着初日に感じた『ここに住みたい!』と直感。それを叶えるために、一年後ワーホリへ行こうと決め、準備に取り掛かるように。
大学休学し、ワーホリへ🇦🇺
大学二年目が終わると同時に1年間の休学をし、ゴールドコーストへ。
1番の目的は、『英語をものにしたい』
それまでの私は、「英語を学ぶ」に集中してきましたが、「英語で学ぶ」にシフトしていきました。
当時の夢は、ホテル・ホスピタリティー業界で働くこと。なので現地の語学学校へ行った後、TAFE(Training and Further Education:専門学校のようなもの)にて観光学を勉強。
まさに、井の中の蛙。
あの1年間は、世界を舞台にした時の自分の弱さを実感することで、『本当の自分』を深く知るきっかけになりました。
大学院で教職課程✏️、そして結婚💍
大学卒業後は、日本で会社員を3年ほどしたのちにオーストラリア🇦🇺にて教職課程を勉強するため大学院進学。
人の役に立つ仕事をしたいと漠然とイメージしたものに、『これだ!』と自信をもって思えるものに出会えたのです。
大学附属の英語学校に半年ほど通ったあとは、いざ大学院のコースへ。
ひゃー、これまた打ちのめされる日々。オーストラリアで義務教育を受けたわけではないので、現地で当たり前のことを最初から学ぶことがたくさんあり、最初の学期でヘトヘト😓それでも、始めたことは投げ出したくない精神で、教育実習や課題提出をやりながら、アルバイトと最高3つ掛け持ちしながら、充実した日々を過ごせました。
あの苦しい時期を一緒に過ごした学友たちも、小学校の先生、日本語の先生、フランス語の先生とそれぞれの道へ進みました。
その学業を修めている最中に、現在の夫と結婚しました💍💛上記の忙しさに加えて結婚式の準備は大変。もう2度としません😂
しかも、コストを抑えることも念頭あったので、全て自分たち(いや、私)が計画して、連絡して、招待状作って。。。。。果てしない作業でした。
そんなこんなで、大学院修了後は、婚姻ビザに切り替わり、最終的に永住権を得ることができました。
以上、ざっくりとオーストラリアに長く住みたいと思うようになった経緯をご紹介しました🌊
人の人生は紆余曲折の連続です。だからこそ、私は人とのご縁を大切にしていきたいと思うのです。







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